感謝
来月、開院を迎えます。
愛知で開院する私ですが、出身は兵庫です。出身大学も県内の神戸大学です。
ご縁があって名古屋で働き始め、気がつけばそのまま名古屋に腰を落ち着け、今日に至っています。
研修を終え、名古屋大学に入局をさせていただきました。
名古屋大学脳神経外科には、若手医師にも積極的に手術経験を積ませ、育てていく伝統がありました。地元出身でなかった私にも対しても、分け隔てなく接していただき、多くの機会を与えていただきました。
医局よっては地元出身かどうかで扱いが変わる、という話はよく耳にします。そうしたことも覚悟のうえでしたが。
手術など臨床経験を積んだのち、大学院では研究も従事させていただきました。
基礎研究は大変なことも多くありましたが、論文を読み漁り、昼も夜も関係なく苦労できるのは大学院生ならでは特権です。この時の苦労を乗り越えられたことが、今の自信の源になっていると感じます。
医師として、そして科学者としてとても良い経験であり、大きな力を得た期間でした。
その後、名古屋大学の関連病院や愛知医科大学で、責任ある立場も任せていただきました。
私が医師として成長できたのは関わってくださった方々から学び、その積み重ねによるものです。
・手術に邁進したこと
・夜間や緊急対応に追われたこと
・仲間と遊んだこと
すべてがよい経験です。
これまで育てていただいた名古屋大学脳神経外科、そして関わってくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。
そして、患者さん。
これまで数多くの患者さんの診療、手術を担当させていただきました。
想定通りにうまく治療できた方もいれば、理想通りにはいかなかった方もおられます。
脳神経外科の特性上、どうにもならない状況に直面することもあります。
医療は難しい。いくら経験を積み重ねようとも、これからも悩み続けるでしょう。それでも、これまで患者さんと向き合ってきたという自負が、今につながっています。
もともと、手術で人を救える外科医になろう、という青臭い想いから医師になったため、出世するタイプの医師ではありません。承認欲求が少ないせいか、人から与えられた肩書きや出世に、何ら興味がなかったのです。肩書きのみでは患者さんには還元ができないからです。
患者さんから、
「先生のような人は大学では出世しない。開業したほうがいい」
などと言われたこともあります。
今となっては、金言だったかもしれません。患者さんと接する多くの機会が、独立を考えたきっかけになったことは確かです。
患者さんと接する機会こそが最も医師を成長させます。
これまで担当させていただいたすべての患者さんとの出会いが、私を成長させてくれました。
心より感謝申し上げます。
最後に、両親。
父も母も、あまり多くを語るタイプではありません。いわゆる昔気質の人間です。仕事上、色々な苦労があったと想像しますが、子どもにはそのような様子は見せませんでした。
神戸で震災があったときには、支援物資を持ってすぐに現地へ向かうような人たちです。
もう長い付き合いになりますが、
・人として正しく生きること。
・ずるいことや、間違ったことはしないこと。
私が両親から学んだことはそのようなことです。
先日、父がクリニックを訪れ、近くの神社で一緒に参拝しました。黙って手を合わせ、何かをお願いしている父の姿を見ながら、おそらくクリニックの成功を願ってくれているのだろうと思いました。
父をみて、期待にこたえないといけないな、という気持ちになると同時に、そんな心配をされるほどヤワではない、という自信と反骨心も湧いてきます。
地元を離れて働く私に対し、きっと複雑な思いはあるでしょう。
それでも、自分の力を正しく発揮し社会に貢献をすることで、認めてもらえるのだろうと思っています。
これまで、ありがとうございました。
これまで関わっていただいた皆さまのおかげで、多くの経験や知識、そして人としてのあり方を学ぶことができました。それが何よりの財産です。
その財産を、少しでも地域の皆さまに還元できましたら幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
福岡